物流をコストセンターから動かす視座転換 ― 役割、設計の起点、推進主体を問い直す

物流が持つ実需データ(誰に・いつ・どこで・どんな状態で動いたか)は、営業や会計のデータよりも現実に近い。このデータの活かし方を起点に、物流の役割、設計の起点、推進主体を問い直す視座転換が必要である。3つは相互に依存しており、揃って初めて構造が動き出す。
ABOUT PSX(バリューチェーンセクター)
Product×Supply Chainを競争優位の源泉に変えるセクター。製品開発と調達・製造の分断、サプライチェーン全体の可視化の遅れに、End-to-Endの変革と実行支援で向き合う。
PSX(バリューチェーンセクター) セクターページへ →本稿は、物流DXを構造的に捉え直す全3回のシリーズの第2回である。 現場改善の積み上げが経営アジェンダへの昇格につながらないのは、物流DXを支える前提認識が変わっていないからである。物流の役割、設計の起点、推進主体——この3点を問い直すこと。本記事ではそれを通じて、物流をコストセンターから動かす道を示す。
本稿の結論を先に置く。物流は、コストセンターでもプロフィットセンターでもなく、経営の「意思決定基盤」になれる。
記事1「物流DXを止める二重の分断 ― 需要側と供給側、それぞれの内側で」では、物流DXが現場改善で止まってしまう停滞の構造を「二重の分断」として整理した。荷主企業の内側にも、それを支援する側にも、それぞれ理由の異なる分断が走っているという構造である。
では、何を変えればこの構造は動き出すのか。必要なのは新しい方法論ではなく、前提認識そのものの変更である。だからこそ難しい。方法論なら導入すれば済むが、前提認識は、それを持つ人間が自ら疑わない限り変わらないからだ。物流の役割、設計の起点、推進主体——この3点それぞれについて、これまで当たり前とされてきた前提を疑うことから始めたい。
視座転換①:物流の役割を「意思決定基盤」へ
まず問い直すべきは、物流の役割そのものである。
業界の王道的な論として、物流を「コストセンター」から「プロフィットセンター」へと位置付け直すべきだという主張がある。物流が持つ実績データ——出荷、配送、在庫の記録——は、営業や会計のデータよりも、具体的な現実を映しているというのがその根拠である。
クオンティアは、さらに一歩踏み込みたい。プロフィットセンターという位置付けは通過点であり、その先に、物流を全社の「意思決定基盤」として位置付け直す道があるはずだ。営業データが表すのは、成約前の意向や見込みである。会計データが表すのは、金額に変換された後の結果である。それに対して物流データが表すのは、モノが実際にいつ・どこで・どれだけ動いたかという、現物の動きそのものである。この現物データを起点に経営の意思決定を組み立てることこそ、本来あるべき姿である。
具体的なユースケースは、すでにいくつも見えている。出荷データは需給計画の精度向上に使える。配送実績データは営業企画への活用が可能である。在庫データは、CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)の最適化や欠品リスクの可視化といった経営判断に直結する。
実例も出てきている。UNIQLOは有明プロジェクトで、店舗・EC顧客データと出荷データを需給計画・生産計画に直結させ、在庫回転率を2017年8月期の2.5回転から2024年8月期には3.1回転まで改善させた[1]。Zara(Inditex)も、6,000店超のPOS・在庫データを中央データセンターに集約し、週2回・郵便番号レベルの粒度で店舗への補充判断に反映する体制を構築している。いずれも、物流・販売の実データを起点に経営判断そのものを組み立てている例である。
記事1で示した「KPIの分断」——経理・営業・物流がそれぞれ違うゴールを追って動いているという問題——に対して、この「視座転換①」は、物流の言葉を経営の数字に翻訳する起点を作る役割を担う。
視座転換②:設計の起点をWMS単体から全体統合へ
次に問い直すのは、設計の起点だ。
WMS(倉庫管理システム)刷新を単体プロジェクトとして扱った瞬間、データ・KPI・組織の分断はそのまま残ってしまう。「視座転換②」は、設計の起点を「WMS単体」から「全体統合」へ移すことである。
物流DXの典型的な入り口は、「WMSが古いから刷新したい」というものだ。この問題意識自体は正しい。しかし、WMS刷新を単体プロジェクトとして走らせてしまうと、結局は新しいWMSが古いWMSと同じ仕事を、より新しい画面でこなすだけに終わる。
WMS刷新を「全体統合設計」へと拡張するために問い直すべきことは、次の5点である。
- 接続:WMSをERP(統合基幹業務システム)、SCP(需給計画システム)、TMS(輸配送管理システム)とどう接続するか。
- オーナーシップ:マスタとデータの所有権を誰が持つか。
- KPI接続:経営KPIへの接続を誰が設計するか。
- 統合と分離:多荷主・多拠点・複数システムの環境で、何を統合し何を分離するか。
- 事業セグメント:物流特性(物量、製品サイズ、重量、温湿度要件、納期要求、需要変動性)によって事業を数個のセグメントに括ったうえで、事業横断で共通化する層と事業別に個別化する層をどこで分けるか。
とりわけ5つ目の視点は重要である。「事業特性が違うから共通化できない」という論理は、実は逆に捉えるべきだ。事業特性の違いは、共通化を阻む障壁ではなく、設計変数として扱うべきものである。拠点・輸送・アセットといったネットワーク機能と、輸配送・倉庫運営といった実行機能は、事業を横断して束ねるほど効果が出る領域である。一方、在庫やアロケーションといった計画機能は、事業別に目的関数を設定すべき領域である。こう切り分ければ、共通化と個別化は両立できる。
WMS単体の機能要件ではなく、以上5つの問いを設計の起点に据えること——これを「全体統合設計」と呼びたい。記事1で示した「データの分断」に対する処方箋として、「視座転換②」は、データ統合をWMS刷新と切り離さず、一体で扱う枠組みを与える。
視座転換③:推進主体を物流部門から経営層へ
最後に、最も効果が大きく、しかし最も難しい問いが残っている。物流DXの推進主体を、物流部門から経営層へ移すことだ。
物流部門が「物流DXを進めたい」と動き出す形のままでは、組織の分断も投資判断の分断も越えられない。理由は単純で、物流部門が自力で示せる効果が、人手削減による人件費の圧縮に偏りがちだからだ。これだけを積み上げても投資額は大きくならず、経営の投資優先順位の中では後回しになる。在庫圧縮や欠品削減といった効果は他部門に帰属するため、自部門の実績には載せにくい。全社の利益改善、CO2削減、サービス向上といった経営指標に翻訳して初めて、投資のテーブルに乗る。とりわけERPや基幹システムの更改は、物流投資が大型化する最大の契機になる。
「物流DXがしたい」と「中期経営計画で利益率を3ポイント改善する、そのうち物流の寄与は1ポイント」——この2つは、実質的に同じ案件を指していることも多い。しかし、経営における通り方はまるで違う。前者は物流部門の予算枠内で、物流の改善案件として扱われる。後者は、全社の経営案件として扱われる。
この差を埋めるには、財務モデルまで踏み込む必要がある。物流DXの効果は、ROIC(投下資本利益率)の分解ツリーで捉えると、その全貌が見えてくる。
ROIC = NOPAT(税引後営業利益) ÷ 投下資本 = 営業利益率 × 投下資本回転率
物流の最適化は、この両輪に効く。分子側(営業利益率)には、輸送費・保管費・廃棄損・間接業務費の削減、欠品減による売上維持が効く。分母側(投下資本回転率)には、在庫圧縮、仕掛在庫の圧縮、物流固定資産のアセットライト化が効く。営業利益率だけを見る指標では、物流DXが持つ効果の半分——分母側の投下資本圧縮——を見落としてしまう。
この分解ツリーを図に整理すると、次のようになる。

図表4 物流DXの効果とROIC分解ツリー
特に重要なのが、在庫と欠品のトレードオフである。計画系業務(在庫計画・アロケーション)では、在庫を減らせば投下資本が縮小し、分母側(投下資本回転率)は改善する。しかし削りすぎれば欠品が増え、売上を取り逃がして分子側(営業利益率)が悪化する。両者は必ず同時に動くため、在庫削減額だけを見ても、欠品率だけを見ても、最適点は決まらない。
この二つを一つの数字で差し引きできるのが、先に示したROICの分解ツリー(ROIC=営業利益率×投下資本回転率)である。現場が日々管理するのは在庫日数(DIO)、欠品率、サービスレベルといった実務指標だが、それらが分子側と分母側のどちらにどう効くのかを、この分解ツリーが示す。物流部長は「コスト・在庫」の言葉で語り、CLOやCSCOは「ROIC」の言葉で語る——両者を同じ土俵に乗せるのが、このROIC分解ツリーである。
CLO制度の現状にも触れておきたい。特定荷主向けの調査では、CLOを選任済み・選任予定と回答した企業は76.2%に達した[2]。ただし同社はCLO支援サービスを提供する立場であり、回答には選定バイアスが含まれうる。日本ロジスティクスシステム協会(JILS)の調査(2026年3月実施、2026年5月公表「物流2024年問題の影響と現状に係る実態調査」)でも、特定荷主・特定連鎖化事業者のうち「CLOを選任済み・選任予定であり、中長期計画策定の準備もできている」と回答したのは31.2%にとどまり、約7割は中長期計画の準備ができていない(有効回答n=157)[3]。制度対応としてのCLO設置は進んでいるものの、実効性を伴う体制構築はまだ道半ばである。
しかも同じJILS調査でCLO(あるいはそれに準ずる役割)の職位が明らかな回答者の内訳を見ると(有効回答n=211)、役員級(専任)はわずか6.2%にとどまり、役員級(兼務)が47.4%、部長級以下が17.1%を占める。Hacobu調査でも、未選任企業の47.4%が「経営と物流の両方に精通した人材がいない」を理由に挙げており、看板としてのCLOを設置しても、実働を支える人材基盤の整備が追いついていない企業が少なくない。
一方で、この壁を越えつつある企業もある。日清食品ホールディングスは、CLO(物流統括管理者)とCSCO(最高サプライチェーン責任者)を、意図的に別の人物に担わせている。2019年から物流改革を主導してきた深井雅裕・常務取締役がCLOとして物流統括管理者の役割を担っている[4]。この功績によって、日経ビジネス主催の第1回「CLOオブザイヤー」金賞に選ばれた[5]。
一方、調達から販売物流までを一気通貫で管理する新設のCSCOには、物流構造改革プロジェクトや資材部長を歴任した舟根宏道氏が就いている[6]。CLOが物流実務の統括を、CSCOが調達・生産・販売を含めた全体最適を担うというこの役割分担は、記事1で整理した「物流統括管理者(CLO)→CSCO」という段階を、2つの実在するポストとしてそのまま体現した例である。両者の連携による定量成果はまだ公表されていないが、法令が求める水準を超えて経営レベルの機能をあえて分離・設置した実例として注目に値する。
海外ではさらに先の段階に進んだ例もある。Nikeは2025年12月3日、CSCOのVenkatesh Alagirisamy氏を新設のCOO(最高執行責任者)に任命すると発表した(発効は同年12月8日)。新COOとして、従来のサプライチェーン・計画・オペレーション・製造・サステナビリティの管掌に加え、テクノロジー部門までを統括する体制を敷いた[7]。
サプライチェーンを起点に経営の中枢へ上がっていく道筋は、国内外を問わず現実になりつつある。経営アジェンダ化の「伸びしろ」は、まさにここに残っている——記事1で示した「つなぐ役の不在」に対する処方箋として、「視座転換③」は、経営の言葉で語り直す起点を作る。
3つの視座転換は、根本課題と主な問題にどう効くか
ここまで示した3つの視座転換は、記事1で整理した「1つの根本課題(つなぐ役の不在)と3つの主な問題(データ・KPI・投資判断)」に、それぞれどう効くのか。
「視座転換①」(物流の役割)は、主にKPIの問題に効く。物流の言葉を経営の数字に翻訳する起点を作るからだ。
「視座転換②」(設計の起点)は、主にデータの問題に効く。同時に、全体統合設計を通じて「つなぐ役」の機能そのものを担う設計が始まるため、根本課題にも働きかける。
「視座転換③」(推進主体)は、主に投資判断の問題に効く。同時に、経営アジェンダに物流を持ち込むことでCSCO(最高サプライチェーン責任者)的な役割の起動を促すため、これもまた根本課題に働きかける。
この対応関係を図示すると、次のようになる。

図表5 3つの視座転換と、根本課題・主な問題の対応
独自の論点:宣言だけでは視座は変わらない
最後に、我々の独自の論点を示したい。視座転換は、経営トップの「宣言」だけでは起きない。
視座転換が現場で実際に起きるかどうかは、トップの号令と新しいシステムの導入だけでは決まらない。経営の宣言と現場の実行の間には、もう一段の翻訳が必要である。それを担うのは、物流部長、SCM部長、情報システム部長、経営企画担当者といった中間管理職層である。
ここに、支援の谷間がある。コンサルティングや変革支援の典型的なアプローチは、経営トップへの提言と、現場の実行支援に注力する。しかし、その間に立つ中間管理職の腹落ちを支援するスキームは、業界全体として手薄なままである。
これは特定企業の支援能力の問題ではない。業界全体の構造的な限界である。では、誰がその翻訳と咀嚼を担うのか。この問いは、本シリーズ最終回で論じる「座組設計」につながっていく。
まとめ
物流をコストセンターから動かすには、3つの視座転換が必要である。物流の役割をプロフィットセンターの先、経営の意思決定基盤へ位置付け直す「視座転換①」。WMS単体の刷新から全体統合設計へ移す「視座転換②」。そして物流部門から経営層へ推進主体を移す「視座転換③」——ROICの分解ツリーを共通言語に据えることが、その実践の鍵となる。
3つの視座は、記事1「物流DXを止める二重の分断 ― 需要側と供給側、それぞれの内側で」で示した「1つの根本課題と3つの主な問題」にそれぞれ効きながら相互に依存しており、揃って初めて構造が動き出す。ただし視座転換は経営トップの宣言だけでは起きない。中間管理職の腹落ちを支える翻訳の機能が、業界に手薄なまま残っている。次回の記事「構想・要件・実装の分業 ― 物流DXの座組設計」では、この構造を実際に動かすための座組設計を論じる。
【出典】
[1]ファーストリテイリング「LifeWear=新しい産業」説明会資料、2024年11月13日、https://www.fastretailing.com/jp/ir/library/pdf/presen241113_LifeWear-aNewIndustryBriefingSession_jp.pdf
[2]株式会社Hacobu「特定荷主における物流効率化対応とCLO設置に関する実態調査」2026年2月、https://hacobu.jp/blog/archives/7307
[3]JILS「物流2024年問題の影響と現状に係る実態調査」報告書、2026年5月、https://www1.logistics.or.jp/wp-content/uploads/2026/06/2024zittai_report2025.pdf
[4]日経ビジネス「[CLO教室]日清食品・深井常務『20年遅れの物流を抜本改革』」、https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00607/082900062/
[5]日経ビジネス「発表!第1回日経ビジネス『CLOオブザイヤー』」2025年5月30日、https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00108/052600004/
[6]日経BP「日清食品ホールディングス・舟根宏道CSCO『調達と物流を統合管理し競争力強化』」2025年11月18日、https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00006/110600595/
[7]Nike, Inc. 公式ニュースリリース「NIKE, Inc. Announces Senior Leadership Changes to Accelerate "Win Now" Actions」2025年12月3日、https://about.nike.com
次回予告
関連コンテンツ